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【連載エッセイ#1 ”B’zとわたし”】山内健太郎(テレビディレクター)

テレビディレクター・山内健太郎の写真 連載エッセイ企画 ”B'zとわたし”
画像出典:山内健太郎の公式Twitterより引用

初めてB’zを知ってから5年、やっとのことで手に入れたライブ参加のチャンス、それをこんなクズ集団に潰されるわけにはいかない。僕は財布に入れていたチケットを、こっそりパンツの中に移動させました。覚せ◯剤を海外から持ち込むときと同じ手口です。

ダフ屋と不良たちの交渉が長引き始めたのを見た僕は、友だちに「3つ数えたら逃げるで」と耳打ちしました。鼓動の音が聞いたことないボリュームになり、全身が心臓になったかのようでした。

「3・2・1・今や!」

僕ら3人はベンチを飛び越えて、一斉に走り出しました。全速力でした。不良たちもすぐに気づき、追いかけてきます。遠くから「待てこらぁぁぁー!」と叫ぶ声が聞こえてきました。もちろん待つわけがありません。僕らは駅まで到着すると、電車に飛び乗りました。

神戸ワールド記念ホールがあるポートアイランドは、山手線のように電車がグルっと循環して運行しています。逃げ切った喜び以上にビビり倒していた僕らは、結局開演ギリギリまで5時間も電車に乗り、ポートアイランドをグルグルと何周も回り続けました。

電車を降りたのは、会場の周りに人が溢れ出した開演直前でした。大勢の人に紛れてついに会場入りすると、僕らのテンションは一気に最高潮になりました。追加販売だった座席はステージの真横で、スクリーンこそ見にくいものの、花道まで数メートルの距離だったのです。

ついに開演 稲葉さんのハイトーンシャウト、松本さんの変幻自在なギタープレイを目の当たりに

息つく間もなく会場は暗転し、割れんばかりの大歓声が。不良から逃げるときとは違うドキドキが全身に広がります。壮大なオープニングムービーが終わって『Real Thing Shakes』のイントロが鳴った瞬間を、今でもハッキリ覚えています。もうまわし蹴りのことなんてどこかへ消えていました。稲葉さんの脳を揺らすようなハイトーンシャウトに、松本さんの空気を自在に操る変幻自在なギタープレイ。とんでもないものを観てしまった、と思いました。(稲葉さんの衣装がTバックに網タイツというとんでもないものだったことに気づくのは、まだ先の話です)約2時間のライブで、僕の人生は変わっていました。

 

『B’z PARTY』に入会し…あれから25年 同僚からも羨ましがられる”好きぶり”

「B’zのライブは、この先絶対に見逃したくない」

そう思った僕は、翌日に『B’z PARTY』に入会します。あれから25年が経ちましたが、僕はいまだに3か月に一度届く会報を楽しみにして、新曲や新しいライブの予定が発表されるたびに「その日までは元気でいよう」と活力をもらいます。そして毎年ライブに行くたび「最高!」と思わせてくれる2人に、感謝の気持ちが止まらないのです。

先日、同僚から「大人になっても、そんなに好きなものがあるなんて羨ましい」と言われました。確かにそうかもしれません。B’zのライブのためなら多少の仮病も仕方ない…と結構本気で思っています。きっとこの文章をここまで読んでくれたあなたもそうなのではないでしょうか。

25年前の初ライブの日、もし不良にチケットを奪われていたら、僕はどんな人生を歩んでいたでしょうか。不良を見返すために格闘技を始めて頭角を現し、稲葉さんと福山さんの格闘技対談の中で出てきた…かもしれません。

 

あの日不良から逃げ切った僕は幸運な出会いをした そして、コロナ禍の今想うこと

あの日不良から逃げ切った僕は、幸運な出会いをしたのだと思います。コロナ禍の今、いつLIVE-GYMが再開されるかはわかりませんが、稲葉さんがライブの最後に言う「また絶対会いましょう!」の言葉を現実にするため、「その日まで健康で生きていよう」と心に誓うのです。あなたもそうではないでしょうか。70歳になっても「ウ・ル・ト・ラ・ソウル!ハイ!」と拳を振り上げている姿を、孫に笑われたいのです。これはあなたも一緒かはわかりませんが。

B’zファンの皆さん、頑張ってお互い健康でいましょう。2人との約束を果たすために。

文/山内健太郎(テレビディレクター)

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コメント

  1. 順子 より:

    サイコーに、面白かったです!まるで映像を観ているかのような文章に引きつけられました。
    因みに私は今、72才。孫たちに笑われながらも、会報を見ながらニヤニヤしています。

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