B’z SHOWCASE 2020 -5 ERAS 8820- Day1~5 セットリスト
聖地・ゆかりの地

勝新太郎とB’z稲葉浩志・松本孝弘が出会ったエピソードと、伝説の酒場 「田賀」

『B'z LIVE-GYM Pleasure '95 “BUZZ!!”』の楽屋で稲葉と松本に差し入れする勝新太郎聖地・ゆかりの地
画像:酒場「田賀」所有、Twitterより引用

(文/「B’z 超まとめ速報」@bz_takkoshicom管理人@はやみん)

東京港区・赤坂。東京メトロ「赤坂見附」駅から徒歩約3分の場所に、昭和の名優・勝新太郎とB’zのヴォーカル・稲葉浩志、ギター・松本孝弘らが出会ったという、酒場「田賀」(たか)が存在している。

この店で勝と稲葉、松本らはどのようにして出会い、どのような関係を築いたのか。筆者が実際に取材し、エピソードをまとめた。

この記事を書いた人
B'z 超まとめ速報 管理人@はやみん

はやみんは、「B'z 超まとめ速報」の著者/筆者・管理人で、B'zのことを15年以上にわたって研究しているB'zの専門家。

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名優・勝新太郎とB’zが出会った伝説の酒場 「田賀」

1994年のある日、当時六本木に店を構えていた六本木「田賀」(現在は酒場「田賀」)に、ロックユニット「B’z」のヴォーカリスト・稲葉浩志がお腹を空かせて一人で入ってきた。
当時、B’zのレコーディングスタジオが店の裏にあったことから、彼は相方・松本孝弘と同様に、よくこの店に出入りしていたのである。

そしてこの日、当時同店に足繫く通っていた俳優・勝新太郎もまた、店に来る予定だった。
このことを知っていたマスターの故・田中泰夫さんは、店を貸切にしようと考えていたが、いいチャンスだと考え、密かに稲葉と勝を引き合わせようとした。

そしてほどなくして、勝が”おい、来たよ”と入店。稲葉は勝を見て仰天し、”マスター、やばいです、勝さんです”と、緊張した様子を見せたという。

その場でマスターが稲葉を勝に紹介。勝は当時「B’z」を知らず、”「ビーズ(数珠玉)」かい?”とおどけてみせた。
さらに稲葉を見て「いい顔をしているな」と何度も呟き、また、「平成のミュージシャンの仏陀みたいな顔をしている」などと言い放ったという。
(ちなみに、各メディアなどで報道されている”裕次郎以来、久し振りに本物に出会った思いだ”と述べた、俳優にスカウトした、などといったエピソードは、全て誤りである。)

その日、勝は自身が考案した、ビールにテキーラを加えるドリンク「廻り花」(まわりはな)を、”これ飲んでごらんなさいよ”などと言い、稲葉に提供。(勝は自ら生ビールを注ぎ、マイボトルのテキーラを入れたという。)
稲葉は再び驚きながらもこれを飲み、両者の関係は、この日から始まった。

そして後日、松本と勝もまた酒場「田賀」で対面を果たし、勝は、B’zの二人のことをたいそう気に入ったという。

 名物ドリンク『廻り花』と酒場「田賀」の写真。画像:酒場「田賀」所有、Twitterより引用

ちなみに、B’zの稲葉と松本は元来、勝新太郎のファン。1994年5月にはマスターに連れられ、勝の舞台『不知火検校』を観に行ったことがあったそうだ。

勝新太郎が『B’z LIVE-GYM Pleasure ’95 “BUZZ!!”』を観覧 稲葉が「テンガロンハット」を着用しステージに

その後勝は、B’zのコンサートに行きたいと嘆願し、マスターが、1995年7月23日(日)に横浜スタジアムで開催された『B’z LIVE-GYM Pleasure ’95 “BUZZ!!”』公演に、勝を案内。楽屋で勝は、大量の差し入れと共に最愛の兄・若山富三郎の形見であるニューヨークヤンキースのマークが入ったテンガロンハットを、稲葉にプレゼントした。

実はこのテンガロンハットは、生前勝が周囲に「誰にもあげない」と言い張っていた、勝の宝物。
それだけに、マスターはこの行動に、非常に驚いたという。

『B'z LIVE-GYM Pleasure '95 “BUZZ!!”』の楽屋で稲葉と松本に差し入れする勝新太郎
『B’z LIVE-GYM Pleasure ’95 “BUZZ!!”』の楽屋で稲葉にテンガロンハットをプレゼントする勝新太郎の写真 画像:酒場「田賀」所有、Twitterより引用

そしてこの公演のオープニングで、稲葉は早速テンガロンハットを着用して登場し、楽曲「BLOWIN’」を熱唱。これを観た勝は、”うん、あいつはいい”と、感動し切っていたという。
また普段は公演途中で帰ってしまう勝が、この日はアンコールの最後まで、コンサートを観続けたということだ。

なお、稲葉はその後のツアーでもハットを着用しており、映像作品『”BUZZ!!” THE MOVIE』で、その様子を見ることができる。そしてそのテンガロンハットは、現在もなお稲葉浩志の自宅スタジオ『志庵』に大切に飾られており、2020年のコロナ禍でYouTubeに公開された複数の自宅セッション動画にも登場している。

稲葉浩志の自宅スタジオ『志庵』の様子。背景右側にテンガロンハットが飾られているのが確認できる。 画像出典:『INABA / SALAS “IRODORI” session』(YouTube動画)より抜粋(https://www.youtube.com/watch?v=dSMvssKPGS8)

勝が命名した「バズ茶漬け」ツアータイトル『B’z LIVE-GYM Pleasure ’95 “BUZZ!!”』に由来

それからも、勝とB’zの交流は続く。ある日、酒場「田賀」に、コンサートを終えた松本夫婦が来ており、勝は、自らが発案した、焼きハラスにわさびを添えて茶漬けにしたお気に入りの料理”ハラス茶漬け”をご馳走した。そしてその際、これに改め名前を付けようとして松本にB’zの直近のツアータイトルを確認したところ、松本が「BUZZ」と答えたため、勝はその料理を「バズ茶漬け」と命名。勝はその場で色紙に「バズ茶漬け」と認め、この「バズ茶漬け」は、一躍同店の人気メニューとなった。

「バズ茶漬け」の写真
「バズ茶漬け」の写真(現在メニューは休止している)。 画像:酒場「田賀」所有、Twitterより引用
勝新太郎が酒場「田賀」で認めた、「バズ茶漬け」と命名した色紙。自身のペンネーム「古花 院」の文字も確認できる。画像:酒場「田賀」所有、Twitterより引用

その後も稲葉、松本、そして勝らは度々酒場「田賀」を訪れ、交流を深めていったのである。

しかしながら勝は、やがて闘病生活に入り入院。そして多くの人に惜しまれながら、1997年6月に逝去した。まだ65歳でのことだった。

晩年、稲葉とマスターは予定を合わせてお見舞いに行こうとしていたが、都合が合った際には、すでに面会謝絶となっていたそうである。(また、B’zのアルバム『SURVIVE』(9th AL 1997.11.19)に収録されている「Shower」の歌詞が、稲葉浩志が勝新太郎を偲んで書いたものではないか、とも言われているが、これについて稲葉が公に語ったり関係者に語ったりした事実は、今のところない。このエピソードに関しては、実話を想起させるものではあるが、あくまで憶測の域を出ない事柄である、と言えるだろう。)
以上が、生前の勝とB’zを巡る、主なエピソードだ。

このようにして、勝とB’zは酒場「田賀」で出会い、そして生涯を通じて、絆を深めた。
日本を代表する名優とロックスターの、歴史的な邂逅である。

ちなみに稲葉は、2020年のB’z配信ライブ『B’z SHOWCASE 2020 -5 ERAS 8820- Day1~5』のファンクラブインタビューでも改めて、酒場「田賀」を通じた勝新太郎との思い出を述懐。

勝について、稲葉は「(”昭和の大スターですよね”と訊かれ)ハンパないですよ。でも可愛らしい、チャーミングな人ですよね。」とコメントし、またこれを横で聞いていた松本も笑みを浮かべながら、しみじみと頷いた。

B’z「BIG」の歌詞に酒場「田賀」が登場 ”カウンターのおじさん””マスターとママ”は実話

ちなみに、勝と稲葉、松本が出会ったこの酒場「田賀」は、B’zの楽曲「BIG」(8th AL『LOOSE』1995.11.22)の歌詞にも登場している。

「ジョッキ片手に騒ぐカウンターのおじさん なんだか知らないけども“オリャ百万賭けるぜ”と息巻いた」(作詞:稲葉浩志)というフレーズは、店の常連客の実際の様子(当時、何かあると『100万賭けるよ!』と言う常連客がいたらしい)を、そして「ほらまたマスターとママが喧嘩を始めるよ」(作詞:稲葉浩志)というフレーズは、酒場「田賀」のマスターとママの日常の様子を、描写しているのだ。

周囲の人間のことがよく歌詞に描かれていた当時に酒場「田賀」が楽曲に登場していたことからは、B’zにとって酒場「田賀」がいかに生活に根差した場所であったかということが、窺い知れる。

酒場「田賀」マスターはサックス奏者 B’zの二人が慕う 「The 7th Blues」には「TAKA」クレジットも

また、酒場「田賀」のマスター・田中泰夫さんは、2018年7月に逝去。
かつてラテンバンド「東京キューバンボーイズ」でサックス奏者を務め、歌手・水原弘のバックバンドも担当した(この時水原の紹介で勝と出会った)田中さんを、B’zの二人は先輩ミュージシャンとして慕っていたといい、アルバム『The 7th Blues』(7th AL 1994.03.02)の制作時には、マスターがスタジオに出入りすることもあったとのこと。

『The 7th Blues』のクレジットには、”Special Thanks”として「TAKA」の文字が記載されている。

現在も酒場「田賀」はママを中心に営業中

そして、多くの芸能関係者、常連客、そしてB’zのファンや勝新太郎のファンらに愛され営業を続けていた「六本木 田賀」は2000年に一度場所を移し、さらに2009年には、店舗を現在の場所・赤坂見附に移転。店名を酒場「田賀」に改め、再オープンした。また、マスター・田中泰夫さんが逝去して以降も、ママを中心に、営業を続けている。

酒場「田賀」の店内の写真
酒場「田賀」の店内の様子。 画像:酒場「田賀」所有、Twitterより引用

ママは現在、齢80を越える。ママはお店について、「おかげさまで今年の11月に37周年を迎えましたが、B’zファン勝ファンの方々に元気を頂いた賜物です。」と語る。
さらにファンに向けては、「今は皆さん大変な時ですが、くれぐれもお身体に気をつけてお過ごし下さい。田賀に来たことがある方も まだ来たことがない方も またお会いできたら嬉しいです。」とメッセージも。

B’zのサインが書かれたCD。店内に飾られている。 画像:酒場「田賀」所有、Twitterより引用

店内に勝やB’zの歴史が今なおそのままの状態で残っている、ファン必見の名店・酒場「田賀」。
これからも末永く存続することを、願いたいところだ。

店舗情報
住所
電話番号03-3505-6938
営業時間19:30~1:30※日によって変更有、事前にTEL。時短要請で2021年1月11日まで22:00閉店。
定休日日曜日

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