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B’zが中山美穂と「世界中の誰よりきっと」をデュエットしていたかもしれない秘話

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画像出典:WANDS公式サイトより引用

(文/「B’z 超まとめ速報」@bz_takkoshicom管理人@はやみん)

1992年10月リリースの中山美穂&WANDSのシングル「世界中の誰よりきっと」は、約183万枚を売り上げる大ヒットを記録し、翌1993年のオリコン年間シングルチャート第10位にランクイン。国民的人気曲として知られることとなった。

この楽曲は、当時”ミポリン”の愛称で親しまれていた国民的アイドル・中山美穂と、新進気鋭のアーティスト・WANDSがコラボして生まれた名曲であるわけだが、実はこの時「WANDS」ではなく、あのロックユニット「B’z」が中山美穂とコラボしていたかもしれないーそんな驚きのエピソードがある。筆者がまとめた。

この記事を書いた人
B'z 超まとめ速報 管理人@はやみん

はやみんは、「B'z 超まとめ速報」の著者/筆者・管理人で、B'zのことを15年以上にわたって研究しているB'zの専門家。

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中山美穂サイドの事務所はデュエット相手に「B’z」を指名 しかしパワーバランスを考慮の末「WANDS」に決定

1992年当時、音楽制作会社「ビーイング」との間にシングルリリースの企画が持ち上がった際、中山美穂サイドの事務所は、中山のデュエット相手に当初、ギター・松本孝弘とヴォーカル・稲葉浩志からなるロックユニット「B’z」を指名したという。

だがしかし、当時B’zはシングル・アルバム作品がそれぞれミリオンヒットを連発するなど、飛ぶ鳥を落とす勢いで大ブレイク中。プロデューサーの長戸大幸は、パワーバランス的に見て中山美穂とB’zをコラボさせるわけにはいかない、と判断した。

そして代わりに、当時デビュー間もなく売り出し中だった「WANDS」をコラボ相手として指名。
こうして、一見すると不思議とも言える中山美穂とWANDSのコラボが実現したのである。

このコラボの結果は、先に述べた通りであり、また皆さんのご存知の通りだ。中山美穂は、この曲で1992年のNHK「紅白歌合戦」にも出場(名義にはないがWANDSも出演)を果たすなど歌手としても一躍注目を浴び、そしてWANDSは、この曲が売れるのとほぼ同じタイミングで同年7月リリースの3rd シングル「もっと強く抱きしめたなら」がロングヒットを記録するなどして、人気アーティストとしてのスターダムにのし上がっていった。(そしてもちろんB’zも、ロックユニットとして自身の独自な音楽的キャリアを、さらに築き上げていった。)よって、コラボ企画単体としては”大成功を収めた”と見て差し支えないだろう。

またちなみに余談だが、B’z松本がパーソナリティを務めたTOKYO FM系ラジオ番組「BEAT ZONE」の1993年5月19日放送回では、“デュエットするとしたら誰がいいですか?”というファンからの質問が寄せられた際、松本が「例えば中山美穂さんとWANDSの上杉君がやったりとかしてたじゃないですか。」と話題を振り、一方稲葉は「いいなぁ…上杉君…いきなり…あれ最初に…ミポリンでしょ。中山美穂さんいいですよね!」とコメントを残している。しかし、B’zの二人が「世界中の誰よりきっと」を巡るエピソードを知っていたかどうかは、定かではない。

WANDSはその後もヒットを記録したものの”解体” B’zは音楽性を変化させつつ活動を継続

その後WANDSは「時の扉」「世界が終るまでは…」などのヒット曲をさらに生み出したが、音楽性に対する不満などの理由によって1997年1月、ヴォーカル・上杉昇、ギター・柴崎浩がグループを脱退してしまい、その後メンバーチェンジを経て、2000年3月に”解体”へと至った。(その後、2019年11月に第5期WANDSとして”再始動”)

一方B’zは、安定的なセールス実績を積み重ねながらも音楽制作体制や音楽性を都度変化させ、入れ替わりの激しい音楽業界で長年にわたってトップセールスを死守。
2021年現在も、一度も活動休止・解散をすることなく、活動を継続している。

ハードでキャッチーなサウンドやヴォーカルの鋭く艶やかな歌声などから、当時から事あるごとに比較されることの多かったWANDSとB’zだが、このように令和の時代から見ると、随分と異なる道のりを歩んできたとも言える。だがもしあの時、中山美穂のコラボ相手が「B’z」に決定していたらーいったいB’zは、そしてWANDSはどうなっていたのだろうか。
歴史にたらればは禁物だが、もしそうなっていた場合、おそらく両ユニットの運命だけでなく、もはやJ-POP史さえも、変わっていただろう。

一方で思慮を巡らせていると、そうした僅差が、彼ら自身が持っているモノによって決定づけられている、という事もまたふと考えてしまう。私たちの日常は、そういったものの積み重ねで出来ているのかもしれない。

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