増田隆宣

増田隆宣(ますだ たかのぶ、Takanobu Masuda)とは、日本のミュージシャン。キーボディスト。作曲家、編曲家、音楽プロデューサー。企業経営者、音楽講師。1961年2月26日生まれ、大阪府出身。年齢60歳。血液型A型。うお座。音楽スクール『T-Music Yokohama』代表。ロックユニット「B’z」やシンガー・浜田麻里のサポートメンバーを務めたことでも知られている。

来歴

カトリック系幼稚園に通っていた頃、教会のパイプオルガンの演奏に感銘を受け、オルガン教室に通い始める。小学生の頃にはまだ本格的に音楽に取り組むことはなかったが、合唱隊や鼓笛隊を経験。その後中学生の頃にカーペンターズ(The Carpenters)、ビートルズ(The Beatles)、チューリップ(TULIP)などの音楽を聴き、洋楽や歌唱曲、そしてキーボードに興味を持ち始めた。さらに高校生の頃からディープ・パープル(Deep Purple)、レッド・ツェッペリン(Led Zeppelin)などの音楽に影響を受け、ロックバンドの活動を開始。キーボードやギターの演奏を始めた。
その後本格的に音楽の勉強をするために、上京し都内の音楽学校に進学。また卒業後は音楽制作会社「ビーイング」の専属アーティストとなり、プロミュージシャンとしての活動を始めた。

1981年、日高富明(元ガロ、GARO)バンドに参加。プロミュージシャンとのセッションを始める。
1984年、ロックバンド「44MAGNUM」のレコーディングに参加、プロとしての活動を本格的に開始。
1985年、TUBEのレコーディング・ライブサポート、浜田麻里のレコーディング参加、楽曲提供、ライブサポートを開始。
1987年、ロックバンド「BLUEW」(ブルー)参加、メジャーデビューを果たす。
1988年、B’z、松本孝弘のレコーディング参加を開始。
1990年、音楽プロダクション「株式会社ミスティー」を設立。
1992年、B’zのライブサポート、甲斐よしひろ(KAI FIVE)のレコーディング参加、アレンジ、ライブサポートを開始。
1993年、テレビ朝日系アニメ『SLAM DUNK』(第69話まで)の音楽を担当。
1998年、テレビ東京系アニメ『突撃!パッパラ隊』の音楽を担当。
2004年、女子十二楽坊のライブサポート、レコーディングを担当。
2005年、音楽制作会社 「有限会社ベルカンパニー」を設立。
2009年、女性シンガー/アーティスト配信レーベル『utahime-factory.com』を設立。
2011年、増田隆宣 音楽制作セミナー『MTMS』を始める。
2016年、横浜市都筑区に音楽スクール『T-Music Yokohama』を開校。

B’zとの出会い・活動

上記のように1980年代はサポートミュージシャンとして活躍していた増田だったが、およそ30歳になった頃(1990年頃以降)、ミュージシャンとして初めて限界を感じるなどしたことから裏方の仕事を志望し、自らで音楽事務所を設立してアーティストのマネージメントやミュージシャンやスタッフの派遣業務を行うようになり、表舞台から退こうとしていた。しかしそんな矢先、1992年3月に『B’z LIVE-GYM ’91~’92 “IN THE LIFE”』で静岡・沼津を訪れていた松本が、当時B’zのライブにロックなキーボードサウンドが必要だと構想していたことから、宿泊先から増田に電話で直接オファー。これによって、増田は翌『B’z LIVE-GYM Pleasure ’92 “TIME”』以降、2020年まで延べ約27年間(1992~1997・1999~2018・2020年)にわたってB’zのサポートキーボードを務めることになった。
ちなみにこれは全サポートメンバーの中で歴代最長の記録であり、また当然ながら増田のB’zのライブ出演回数が、全サポートミュージシャンの中で最も多い。

また明石昌夫が後にYouTubeの動画で証言したところによると、デビュー当初増田を含めたサポートメンバーでB’zのライブリハーサルを行ったことがあるが、事務所側の意向でキーボードとして広本葉子に白羽の矢が立ち、急遽増田から広本へのメンバー変更があったという(実際にはその後、1992年に広本から増田へのバトンタッチがあった)。

『B’z LIVE-GYM Pleasure ’92 “TIME”』から『B’z LIVE-GYM Pleasure ’97 “FIREBALL”』まで継続してB’zのサポートメンバーを担当。また1996年開催の松本のソロプロジェクトによるツアー『ROCK’N ROLL STANDARD CLUB BAND TOUR』でもサポートを務めた。

その後サポートメンバー一新により、1997年12月29日開催の『B’z SHOWCASE “GO! GO! HEAVEN”』から1998年6月6日開催の『B’z LIVE-GYM ’98 “SURVIVE”』までB’zのサポートメンバーを離脱(大島康祐が担当)。
しかし翌1999年のツアー(6月30日開催『B’z LIVE-GYM ’99 -Brotherhood- SHOWCASE “B’zepp”』より、僅か1年半でB’zのサポートメンバーに復帰した。なおDVD版『The true meaning of “Brotherhood”?』のボーナス映像には、増田らがツアーサポートの”オーディション”を受ける様子が収録されている。

以後2018年9月29日開催の『B’z PARTY Presents B’z Pleasure in Hawaii』まで継続してB’zのサポートメンバーを担当。一方再びサポートメンバー一新により、2019年のツアー(6月4日開催『B’z SHOWCASE 2019 -魔界転翔-』から9月10日開催「B’z LIVE-GYM 2019 -Whole Lotta NEW LOVE-』)ではメンバーを離脱した(サム・ポマンティが担当)。

しかしコロナ禍の影響などもあり、2020年10月~11月開催の無観客配信ライブ『B’z SHOWCASE 2020 -5 ERAS 8820- Day1~5』で、約2年ぶりにB’zのサポートメンバーに復帰。ちなみに『Day5』公演では増田がB’zのメンバーの労をねぎらい、史上初めて、稲葉のことを紹介する場面がみられた。なお、現時点で同公演が、増田の最後のB’zサポート参加公演となっている。

B’zとの関係

松本とは共に大阪出身で同い年(誕生日もわずか1ヶ月違い)であり、またデビュー以前から共演してきたことから、かつてはフランクな関西弁で会話をしていた。またライブのドキュメンタリー映像などには、増田と松本・稲葉らがリハーサル時に闊達に意見交換している様子が収められている。さらに書籍のインタビューでは、松本が増田を次のように評している。

「彼はでも、クビにする理由がないんですよね(笑)。安定してますし。リハでも彼は、もう自分のペースが出来てるから、安心して見てられます。」

出典:『B’z ミラクルクロニクル 1988‐2008』p138より引用

「増田君なんてもう十何年いっしょにやってるから、B’zのショウのことよくわかってるじゃないですか。で、増田君なんかも言いますよ。”曲、これと入れ替えたほうがいい”とか”こういう繋ぎにしたほうがいい”とか、アイデアをすごい出す。」
「だから増田君はホントにバンマスって感じだよね。”松本、そらアカンで”って言えるのがね、増田君(笑)」
「(”ムッとしないんですか”と訊かれて)しないね。昔よくケンカになったけどね、お互いが大人になって。彼とはよくケンカになったよね、昔ね」
「それこそさ、普通のバンドのケンカといっしょで、自分のアイデアにケチつけられると面白くないじゃん」「そういう非常にレベルの低い(笑)」
「B’zやる前からいろんな仕事いっしょにやってきて、そういうのも通ってきたから、今なんかよき理解者ですよ、彼はすごい」

出典:『B’z ウルトラクロニクル』p032より引用

このように、B’zのメンバーとは長年にわたり、いわゆる”ツーカー”の関係であったことが窺える。
そして後述のように増田は、B’zの全サポートメンバーの中でもリーダー的なポジションであり、かつ別格な存在である、とも言えよう。

また増田は2021年2月26日に自身の還暦を記念して行ったYouTubeライブ配信で、これまでのB’zとの活動について次のようにコメントした。

「ミュージシャンとしては幸せな時間が過ごせたと思っています」
「音楽性が合っていたし、嫌だと思うことは何もなかった」
「B’zという偉大なバンドでメンバーのように扱ってもらって、ビデオにも映してもらって、(中略)彼らありきで自分がいる、感謝しているとかそういうレベルではない」
「かけがえのない友人ですね、スタッフの方も素晴らしい」

出典:『T-Music Yokohama』チャンネルのライブ配信動画での発言より

エピソード

  • ロック・オルガンのプレイヤーの地位がまだ認知されていなかった頃から活動を続けていることや、長きにわたって輝かしい演奏実績を積み重ねてきたことなどから、日本の音楽界におけるロック・キーボディストの第一人者と称されることがある。実際に、音楽雑誌「Player」の投票ランキングなどで上位にランクインしたことがある。
  • ディープ・パープルのマニアとして有名で、ジョン・ロードを心からリスペクトしている。
    高校時代、キーボディスト・小川文明が「堺のジョン・ロード」を自称していたが、小川は増田に「高槻のジョン・ロード」と命名したという。
  • ハードロックテイストのそのプレイスタイルから、一見そのような音楽的嗜好に傾倒していると思われがちだが、実際にはカーペンターズ(The Carpenters)などの音楽を好んでおり、それが自身の音楽的ルーツとなっている。本人の話によると、聴く音楽と演奏する音楽は種類が多少異なるようである。
  • また増田はハードロックの他にプログレッシブ・ロックも好んでおり、ジェネシス(Genesis)、ピンク・フロイド(Pink Floyd)、キング・クリムゾン(King Crimson)を好きなバンドとして挙げている。なお、ジェネシスのトリビュート・ライブ『ジェネ寿司』に参加したこともある。
  • 2002年頃には楽屋で増田の伴奏に合わせて稲葉が発声練習をすることなどが慣例となり、これが「増田塾」と呼ばれていた。
  • B’zに関するネタを持ちネタにしているお笑い芸人・ハロー植田と交流があり、ハローや増田が、SNSで食事を共にした様子をアップしたことが何度かある(ハローのアイコンは増田とのツーショットになっている※2021年11月末現在)。また増田はファンが経営する飲食店を訪れたこともあり、しばしばフランクな交流を見せている。
  • 増田が経営する『T-Music Yokohama』には、ドラマー・田中一光、ベーシスト・満園庄太郎らが在籍している。このように日本人ミュージシャンらと交流があるほか、シェーン・ガラース(Dr.)やサム・ポマンティ(Key.)らとも交流があり、B’zのサポートを経験したミュージシャンらと幅広い交友関係を持っている。
  • B’zのライブでは、一流のアーティストが大勢のお客さんの前で演奏する夢のある舞台である、という理由で、「ロックのキーボード・プレイヤーとして機材をカッコよく並べたい」(出典:シンセサイザー専門誌『FILTER(フィルター)』p072より引用)という思惑を持って機材セッティングを行っている。直近の例だと2020年開催の『B’z SHOWCASE 2020 -5 ERAS 8820- Day1~5』ではコルグ、ヤマハ、ローランドといった国内3大メーカーの協力を仰ぎ、「せっかくの機会なので、いろいろなシンセを皆さんにお見せ、お聴かせしようと思い」(出典:シンセサイザー専門誌『FILTER(フィルター)』p073より引用)日によって使用機材を変え、公演に臨んだ。

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