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歴史

「B’zと東日本大震災」について振り返る 震災から9年が経過 #東日本大震災

歴史
(文/「B’z 超まとめ速報」@bz_takkoshicom管理人@はやみん)

2020年3月11日で、「東日本大震災」発生からちょうど9年を迎えます。
2011年3月11日に日本を襲ったこの未曽有の災害によって多くの人々が被害に遭い、そして今なお多くの方々が過酷な生活を送られ、苦しい想いをされていることを思うと、胸が痛む想いでいっぱいです。筆者より改めて被災者の皆様に心からお見舞い申し上げます。

そこで今回は、日本を代表するアーティスト「B’z」と「東日本大震災」について振り返ってまいりたいと思います。宜しければ是非ご覧ください。

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B'z 超まとめ速報

はやみんは、B'zのことを15年以上にわたって研究しているB'zの専門家。ロジカルで本質的な分析・論説を得意とする。「B'z 超まとめ速報」の著者/筆者・管理人。

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2011年3月11日、東日本大震災発生時のB’zはレコーディング中 制作は中断 できることは何かと悩む

2011年3月11日。東日本大震災が起こったこの日、B’zは、アルバム(後にリリースされる18枚目のアルバム『C’mon』)のレコーディングを行っている最中でした。

震災発生時、B’zのヴォーカル・稲葉浩志さんは東京のスタジオで、アルバム収録曲のヴォーカルレコーディングに取り掛かっている真っ最中。そしてまさに歌入れを行っているときに、地震が発生しました。

スタジオで揺れを感じた稲葉さんは一度作業を中断して、揺れが収まるのを待って再度スタジオに入ったものの、再び揺れを感じたため作業を中断。そして外に出てみると、スタジオの向かい側の公園に人が集まっている様子が確認でき、また生えている木々が揺れている様子を見たといい、思わず足がすくんだといいます。

その後稲葉さんは自宅に帰られ、さらにB’zとしてのアルバム制作も中断。
当時日本全体が、様々なイベント、エンターテインメントの活動などを中断・中止にせざるを得ない状況ではありましたが、 B’zは ”自分たちに何ができるのか”ということについて、この時非常に悩まれたとのことです。

そして当人達で話し合って考えた結果、”B’zにできることは音楽しかない”ということを再認識。よって再びアルバムレコーディングを再開し、後に作品『C’mon』のリリースや、北米ツアー『B’z LIVE-GYM 2011 -long time no see-』、LINKN PARKと共催の東日本大震災復興支援ライブ『Music for Relief Secret Show for Japan』、全国ツアー『B’z LIVE-GYM 2011 -C’mon-』の開催などを行うなど(後述)、精力的な音楽活動を展開することになります。

2011年4月1日、「ミュージックステーション」出演。サポートメンバーも来日

そして2011年4月1日、音楽番組「ミュージックステーション」に、B’zが約3年半ぶりに出演しました。同番組では、当時の最新シングル「さよなら傷だらけの日々よ」と、特別に用意された「Brotherhood」の2曲を演奏。

披露される楽曲として「Brotherhood」を選んだ理由を、稲葉浩志さんは披露前の番組MCで次のように語っています。

「曲としてはもう(19)99年にリリースした曲なんですけども、当時『離れていても繋がっている仲間』みたいなものをテーマに作りまして、今歌わせていただけるんだったらこれだなということで選ばせていただきました。」

2011年4月1日Mステ出演時・稲葉さんコメント

「Brotherhood」は1999年にリリースされたB’z 10枚目のアルバム『Brotherhood』の表題曲であり、当時バンドメンバーらがともに半ば共同生活を送りながら楽曲制作にあたっていたことから、B’zのメンバー、スタッフ、家族、ファンなどに対しての想いを込めて制作されました。そしてそのメッセージ性から、B’zファンの間でもかねてより「Brotherhood」の存在は格別なものとなっていましたが、震災直後の全国放送のテレビ番組で同曲が披露されたことは、この楽曲の持つ意味合いをさらに高次元なものに昇華させたということもできるでしょう。

なお番組では歌詞が一部改変されており、以後ライブで「Brotherhood」が披露される際にも、次のように歌われるようになっています。

うまくいってるかい なかなか大変だよな 全く
こっちだって 誰もが毎日クタクタになってる

B’z「Brotherhood」変更された歌詞

ちなみに、全国で様々な災害が起こる中2018年に行われた全国ツアー『B’z LIVE-GYM Pleasure 2018 -HINOTORI-』では7年ぶりに同曲が披露され、稲葉さん自身が、MCにおいてこの楽曲の持つ意味やメッセージが届く対象が制作当時と比べて広範なものになっているということを改めて語っています。

また、同番組でのパフォーマンスのために、当時サポートメンバーとなっていたドラマーのシェーン・ガラースと、ベーシストのバリー・スパークスが、危険を顧みずに来日していたということも、大いに注目すべき出来事であったと言えるでしょう。

3月11日以降、福島第一原子力発電所事故の影響で、東北地方や首都圏での放射能汚染の疑いが広まっており、当時日本に住んでいる人々でさえ恐怖心を抱いている状況であり、アメリカに故郷を持つ両氏が来日を決断したことが、どれほど勇気のいることだったのかは全く想像することができません。当時のバンドメンバーたちの信頼関係の強さが窺えます。

2011年7月27日、アルバム『C’mon』のリリース “ゆっくりでいい さぁいきましょう”

そして東日本大震災発生後に、新たに制作された楽曲「C’mon」と「ボス」がラインナップに加えられて、アルバム『C’mon』が完成。注目のタイアップが付いたシングル曲「さよなら傷だらけの日々よ」や「Don’t Wanna Lie」、また再録の「ultra soul 2011」などの全11曲が収録された同アルバムは、7月27日にリリースされました。

B'z / C'mon

表題曲「C’mon」の歌詞からは、被災した人々に寄り添うようなフレーズを感じ取ることができます。

もう一度笑いあおう 愛しい人よ
掠れそうな声でいい 聞かせて
止まらない それだけで生まれるチャンス
口笛でも吹きながら
ゆっくりでいい さぁいきましょう C’mon

B’z『C’mon』

「ゆっくりでいい さぁいきましょう C’mon」

このフレーズに、どれほど多くの方々が励まされたことでしょうか。
作詞を担当した稲葉さんは、当時人それぞれの置かれている境遇が違うため、楽曲の中で送りたいメッセージを決めるのも非常に難しかったという旨を後に語っていますが、楽曲からは、そのような状況下で、稲葉さんがまさに自分らしい表現を用いて、音楽というツールで多くの人々を元気付けようと意気込まれていたことが感じられます。

2011年8月31日、LINKIN PARKとB’z、ロサンゼルスで震災支援ライブ

2011年8月31日、米・ロサンゼルスで行われたLINKIN PARK主催のライブ『Music for Relief – Secret Show for Japan』に、B’zがスペシャルゲストとして出演しました。

このライブは、LINKIN PARKが設立し積極的に募金活動を行ってきた慈善基金団体「Music For Relief」の活動の一環として行われた、東日本大震災で被災した日本の子供たちを支援するためのイベント。特設サイトにて自分の個人のページを設定し、募金活動を行って目標金額500ドルを集めた最初の500人が、プラス1名とともにライブに招待されるという形式のものとなっており、最終的には目標金額を上回る35万ドル(当時約2700万円)もの寄付金が集まったということです。このライブでの収益は全額が国際援助団体(NGO)セーブ・ザ・チルドレンへと寄付され、その結果、仙台周辺の小学生に対して、新学期に向けての準備としてランドセル5000個や給食などが支給されています。なお同ライブの開演前にはLINKIN PARKとB’zによる記者会見が行われ、両者が協力した人々に謝意を述べるとともに、活動に至るまでの経緯やその趣旨について語っています。

なおB’zは2011年3月に、同団体がリリースした配信アルバム『Download To Donate For Japan』(同団体に収益100%を寄付するチャリティ・配信アルバム)に『Home』を提供しています。)

▼当時の記者会見の様子

B'zがLAで震災復興支援のライブに特別出演!(08/31/2011)

ちなみにLINKIN PARKとB’zは、2009年に行われた日本のロックフェス「SUMMER SONIC 09」で共演して以来、交友関係があったということです。

2011年9月から12月にかけて、全国ツアー「B’z LIVE-GYM 2011 -C’mon-」がスタート 宮城公演から 寄付も

そして2011年9月17日から12月25日にかけて、B’zはアルバム『C’mon』を引っ提げた全国ツアー「B’z LIVE-GYM 2011 -C’mon-」を開催しました。

同ツアーは、被災した宮城県にある「セキスイハイムスーパーアリーナ」の公演からスタート。また同公演は、東日本大震災からの「復興支援ライブ」として開催され、一部の被災された方々もライブに足を運ぶこととなりました。

なお同年6月まで、宮城公演の会場となったセキスイハイムスーパーアリーナは、震災で亡くなられた方々の遺体安置所として使用。そのような状況の中、9月に同会場でB’zのライブが行われたことの意味合いは、非常に大きかったのだということが痛感させられます。

また、9月17日・宮城公演初日の公演での稲葉浩志さんによるMCは、ファンの方々の間で非常に話題となりました。

大変だったなぁ…大丈夫…B’zが来たから。

稲葉さんMC 宮城公演(C’monツアー初日)

※ライブツアー映像作品のエンディングにも同MCが収録されています。

稲葉さんはこの宮城公演について、励ますつもりでライブをしに行ったにも関わらず、逆にオーディエンスから勇気付けられたという旨を、後のインタビューで複数回語られています。また”公演が始まった瞬間は忘れられない”とも語っており、B’zにとって、震災が起きてから最初の宮城公演が、どれほど印象深いものであったかが推察されます。

そしてツアー全体では、宮城公演の収益金全額、全公演の収益金の一部、全公演会場で販売したチャリティーグッズの収益金全額の合計の、総額6,430万円が、東日本大震災で被災した子ども達のために、国際援助団体(NGO)セーブ・ザ・チルドレンや特定非営利活動法人チャイルド・ファンド・ジャパンに寄付されています。

B’zは寄付金活動を継続的に実施 合計約1億6千万円 その他の災害が発生した際にも

そしてB’zは2011年以降、2020年現在に至るまで、継続して収益金の寄付活動を実施しています。

収益金の内容としては、前述の2011年に行われた宮城公演の収益金全額、C’monツアー全公演の収益金の一部に加え、ツアー毎に制作されているチャリティグッズの収益額などが該当し、その全額が前述の国際援助団体(NGO)セーブ・ザ・チルドレンなどに寄付されています。

▼2018年に行われた”HINOTORI”ツアーでのチャリティーピンバッジのデザイン

なお今までの寄付金合計金額は、 ¥158,015,000(2019年10月時点)となっており、
2016年からは東日本大震災に対してだけではなく、同年4月に発生した熊本地震に対して、そして2018年からは同年7月に発生した西日本豪雨に対しても(現在は終了)、寄付金が充てられることになりました。(B’zオフィシャルサイトでの寄付金活動報告ページはこちら

これらの活動状況から、B’zが、東日本大震災などで被災した子ども達のために、継続して、大規模な寄付金活動を行っていることが明らかになっています。

「B’zと東日本大震災」まとめ

ここまでご覧いただき誠にありがとうございました。
「B’zと東日本大震災」についてまとめさせていただきました。いかがでしたでしょうか?

未曾有の災害である東日本大震災の発生は、私たちの価値観や生活スタイルを改めて大きく問いただすものとなりました。

B’zは日本を代表するキャリアを持つアーティストでありながらも、震災発生後は世の中の状況と自身をひたすらに見つめ直し、できることを考えたといいます。そしてそこから音楽を再び奏で始め、多くの人を勇気付け、支援していったこと、またそこに至るまでのプロセスは、今振り返ってみてもいかに誠実なものであったかを感じさせます。

東日本大震災が起きて以降も、これまでに数多くの災害が国内で発生しており、沢山の方々が被災されてきました。そのような惨状をニュースなどで伝え聞く度に、多くの国民の皆様が胸を痛めていらっしゃることかと存じます。そして本年も新型コロナウイルス感染症が拡大しており、ほとんどの方々の平穏な暮らしに支障が出ているところかと思われますが、今回、東日本大震災と日本を代表するアーティスト「B’z」の振る舞いや行動を振り返って、世の中を揺るがしかねない非常事態が起こった際の、人間一人一人の行動の重要性が感じられました。

2020年3月11日で震災から丸9年。
震災で亡くなられた方々に心から追悼の意を表し、また未だ震災によって苦しい思いをされている皆様に心からお見舞いを申し上げます。

以上、B’zと東日本大震災についてご紹介させていただきました。ご覧いただきありがとうございました。

コメント

  1. kwki より:

    C’monツアー自体は元々は宮城からスタートする予定だったけど、震災の影響で会場が遺体安置所となり、再開出来るかどうか分からなかったからので宮城公演を見合わせていたと。
    ギリギリで施設の安全確認が取れたので急遽宮城公演を追加発表した…と話を聞いた事があります。

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