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B’z、ZARDなどの元アレンジャー明石昌夫さん、Twitter開設1周年を迎える

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明石昌夫
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こんにちは。管理人です。

1988年よりB’z、ZARDなどのアレンジャー、またはB’zのサポートベーシスト、マニピュレーター活躍されてきた明石昌夫さんが2/7、Twitterアカウントを開始してちょうど1周年を迎えられ、そのことをご自身のTwitterアカウントで報告されました。

これを記念して明石さんは、ファンの方々からのダイレクトメッセージ、リプライにすべてお答えされていらっしゃるようで、該当のツイートには「いいね」が1500以上集まる状況となっています。

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明石昌夫さんのご経歴

明石昌夫さんは1988年B’zのデビューシングル『だからその手を離して』でアレンジャーとしてデビュー。以後B’zのアレンジャー・ベーシスト・マニピュレーターとして活躍し、『第3のB’z』とも言われるようになりました。

そして明石昌夫さんは、1998年に所属事務所ビーイングとの契約を終了しフリーとなった後は、
『SIAM SHADE』、『Janne Da Arc』などのプロデューサーとして楽曲制作にかかわりました。

明石昌夫さんプロフィールまとめ

1957年3月25日生まれ。大阪府出身。音楽プロデューサー、アレンジャー、ベーシスト、マニピュレーター。初編曲作品はB’zの『だからその手を離して』。1988年から1997年まで、B’zのアレンジャー、ベーシスト、マニピュレーターとして携わる。B’zの編曲作品はほぼすべて松本と共同名義。初期B’zを語る上で欠かせない存在で、『第三のB’z』とも言われる。B’z以外にもZARDをはじめとしたビーイング系アーティストの編曲を数多く手掛けている。音楽制作集団「B+U+M」の一員でもあり、また「稲葉バンド」の一員であったとも言われている。(稲葉のデビューを目的として結成されていたバンド)
ロン毛金髪にサングラスにヒゲという風貌も特徴的である。2018年、突如Twitterアカウントを開設し、ライブ配信を行うなどし、一部ファンの間で話題を呼んだ。

また、ちなみに98年以降のご経歴に関しては明石さんご自身のブログに詳細が書かれていたため、引用させていただきます。

98年以降の経緯
皆さんお久しぶりです。ブログ始めました。
皆さんが僕を知っているのは、B’zのアレンジャーやベーシストとしての方が大半ですよね。なので、その後の話から始めますか。
80年代の終わりから所属していた会社の最後の時期にシャムシェイドのプロデュースをしたのがきっかけとなって、10年ほど所属していたところから離れ、実質フリーのプロデューサーとして、主にエイベックスやソニーとお仕事させていただいてたんですよ。
B’zのアルバム”7th Blues”などで、わかっていただけると思うんですが、結構僕って、いろんなジャンルの音楽が守備範囲でなんですけど、いただく仕事は割とロックバンドが多かったですね。
やはりB’zのライヴでベーシストとして活動していたイメージが強いみたいで。ヴィジュアル系のバンドとかも結構多くて、初期のJanne Da Arcとか、終わりの頃のLa’cryma Christiとかが有名な辺で。
他に有名な物としては、アニメ”One Piece”のオープニングで使われていた、ザ・ベイビースターズっていうバンドの「ヒカリへ」っていう曲。2002年の6月から2003年の11月まで、1年4ヶ月流れてました。 バンド以外では、島谷ひとみとかV6とか華原朋美、大御所では西城秀樹さんとかアリスとかもやらせていただいたりして。
演奏活動としては、2000年前後だったと思うけど、ダイアモンド✡ユカイ、ギターのichiro、BOØWYのドラマーだった高橋まことさんと、Magic Mushroomっていうバンドをやったり、六本木とかにあるHard Rock Cafeで、生沢佑一さんとかとVintage Rockのカバー曲を演奏したりしてました。そのバンドは、ドラムにロジャー・高橋とか黒瀬蛙一、ギターには北島健二、是永巧一、SADSのK−A-Z、キーボードは厚見玲衣とか増田隆宣など、豪華メンバーでしょ。
その後、北島健二から田村直美のレコーディングに誘われて、ベーシストとして参加。その時のメンバーは、ギター北島健二、ドラム小柳”cherry”昌法。そして完成したアルバムがRockfield willow。
自分のプロデュース物以外でベース弾くのって、結構珍しくて、好き勝手やらせていただきました。Led ZeppelinのJohn Paul Jones風とか、BeatlesのPaul McCartney風とか。最近の僕のベースプレイがまとまって聞けるのは、このアルバムくらいかな。しかもギターは北島健二だし。
で、このメンバーでライヴハウスツアーを回ろうという事になって、サポートキーボードとして前野知常が呼ばれました。この人は、洗足学園音楽大学のRock&Popsコースを率いる人で、授業の一環としてリハーサルを見学させると、ダータ(無料)でリハができると。
というわけで、3日間リハに通ったのですが、キャンパスの美しさと、設備の充実に惚れ込んで、ここで教えさせてくれと前野さんに申し出たわけです。僕が入った頃はこのコースの先生は10人ほどしかいなかったのですが、学生が増えるとともに先生も増えて、かなり豪華な講師陣。
この仕事に入れ込んでるうちに、気がつけば准教授になってました。僕の人生の中で、大学教授になることがあるなんて、全然想像してなかった。なってみてわかったのは、音楽プロデューサーより大学教授の方が、社会的な好感度が全然上だってこと。まあ、わかってたんだけど、これほどとは思わなかった。
なんで、最近はほとんど人前でベースを弾くことがなくて。この歳になると、勝手に大御所的になっちゃうから、恐れ多くて気軽に呼んでもらえないし。人付き合いは極端に悪い方だし。
というわけで現在に至るわけです。
今後はネットを利用して、ライヴも含めて、いままでより幅広く活動しようと思ってるので、よろしくお願いいたします。

Bassist Akashi Masao Blogより

明石昌夫さん、Twitter開設1周年ツイート

さて、Twitter1周年を迎えられた明石さんの実際のツイートがこちらです。

明石さんの影響力・注目度の大きさ、そしてファンの皆様を大切にされるご姿勢を拝見することができますね。

明石さんは2018年以降、再び精力的に情報発信中

明石さんは2018年2月6日、突如Twitterにアカウントを開設され、B’zファンやZARDファンの皆さんを中心に大きく話題となりました。(2月6日は、ZARD・坂井泉水さんのお誕生日
Twitterでのライブ配信や実際のライブ活動、音楽にまつわる情報発信を行われていて、多くの方々に影響を与えられています。

2018年8月には元B’zサポートメンバー広本葉子さん、田中一光さんと飲み会を行い一部の模様をライブ配信、また同窓会ライブを行うなどして、大きな話題となりました。

ちなみにTwitter1周年にあたるツイートで、ファンの方々からは「B’zの二人との共演/ツーショットが見たい」という声が上がっていますが「自分が決めることではない」という旨語られています。

SNSを中心とした新しい形式でのコミュニケーションが盛んな現在、今後何が起きるかは全く予測できないため、思わぬ”交流”が再び話題となることがあるかもしれませんね。

明石さんの今後の一挙手一投足に注目です。

明石さんから、DMやリプライが返ってくる?

また皆様も、明石昌夫さんのTwitterアカウントにDMやリプライを送られたら、お返事を頂けるかもしれませんね。

明石さんのTwitterアカウントはこちら

以上ご覧いただきありがとうございました。

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