【コラム】「B’zと東日本大震災」について 震災から8年 #Bz #東日本大震災 #東日本大震災から8年

コラム




こんにちは。管理人です。

2019年3月11日、「東日本大震災」発生から8年を迎えます。
2011年3月11日に日本を襲った、この未曽有の災害によって多くの人々が被害に遭い、そして今なお多くの方々が過酷な生活を送られ、辛い想いをされていることを思うと、胸が痛む想いでいっぱいです。改めて被災者の皆様に心からお見舞い申し上げます。

今回は、日本を代表するアーティスト「B’z」と「東日本大震災」について改めてまとめさせていただきたいと思います。宜しければ是非ご覧ください。




2011年3月11日、東日本大震災発生時のB’z

2011年3月11日。B’zは、アルバム制作(のちの18枚目アルバム『C’mon』)のレコーディングを行っている最中でした。

震災発生当日も、稲葉さんは東京のスタジオでアルバム収録曲のヴォーカルレコーディング真っ最中。
歌入れをしているときに東京のスタジオで揺れを感じた稲葉さんは、外に出た際、スタジオの向かい側の公園に人が集まり、生えている木々が揺れている様子を見て足がすくんだと、後に語られています。
その後稲葉さんはご自宅に帰られ、さらにB’zとしてのアルバム制作も中断。
当時日本全体が、あらゆる面において様々なことを中断せざるを得ない状況ではありましたが、 B’zは ”自分たちに何ができるのか”ということについて、当初非常に悩まれたそうです。

そして考え話し合った結果、”B’zにできることは音楽だ”ということに改めて気付かれたということでした。

日本の音楽シーンのトップに君臨し続け、キャリアを重ねてきた「B’z」でさえ、東日本大震災を前にして、一体何をしたら良いのか途方に暮れてしまったということは、私たちにとっても非常に考えさせられる出来事だと思います。

そしてまた、震災から8年経った今改めて振り返ると、その熟慮から、自分たちができることを改めて発見したということは、B’zにとっても、私たちにとっても、非常に価値のあるものだったのではないでしょうか。
B’zの当時の判断や活動は、その都度誠実なものであり、また私たちにとってあらゆる意味で意義深いものであったということが、時間が経過した今少しずつ明らかになってきているのではないか、と思う次第です。

ミュージックステーション出演、サポートメンバーも来日

2011年4月1日、音楽番組「ミュージックステーション」に、B’zが約3年半ぶりに出演しました。演奏曲は、当時の最新シングル「さよなら傷だらけの日々よ」と「Brotherhood」。

「Brotherhood」が選曲された理由を、稲葉さんは披露前のMCで次のように語られました。

「曲としてはもう99年にリリースした曲なんですけども、当時『離れていても繋がっている仲間』みたいなものをテーマに作りまして、今歌わせていただけるんだったらこれだなということで選ばせていただきました。」

2011年4月1日Mステ出演時・稲葉さんコメント

元々「Brotherhood」はB’zとファンの間で強いメッセージ性を持つ楽曲となっており、
B’zファンの呼称”Brother”の由来にもなっていました。
しかしこの東日本大震災発生後に歌われた「Brotherhood」は、以前よりもさらに深い意味合いを帯びたような印象を持っていました。(2018年”HINOTORI”ツアーMCでも、制作後に”We’ll be alright”というフレーズが持つ意味が変わってきた旨を話されています)

リリースから時間を経て進化を見せた「Brotherhood」。また今後も多くの人々の心を動かす力強い楽曲として愛され続けていくことでしょう。

また、「ミュージックステーション」でのB’zの圧倒的なパフォーマンスに、当時少しずつ一般的に普及していたインターネット上でも大きな反響の声が上がっていました。(「Brotherhood」の歌詞の一部を変更していたことも話題となりました)

うまくいってるかい なかなか大変だよな 全く
こっちだって 誰もが毎日クタクタになってる

B’z「Brotherhood」変更された歌詞

B’zのTVパフォーマンスで勇気をもらった人々は、被災された方々、それ以外の方々も含めて、大勢いらっしゃったのではないでしょうか。

またさらに、テレビでのパフォーマンスのために、当時サポートメンバーとなっていたドラマーのシェーン・ガラースと、ベーシストのバリー・スパークスが危険を顧みず、来日していたことも注目すべき出来事でした。

3月11日以降、福島第一原子力発電所事故の影響で、東北地方や首都圏で放射能汚染の疑いが広まり、当時日本人でさえも強い恐怖心に苛まれていたところ、外国に郷土を持つ彼らがわざわざ日本に仕事で訪れることが、どれほど勇気のいる、思いやりのある決断だったのか、私にはとても想像できません。

B’zがどれほど人間的に恵まれたサポートメンバーと仕事をしていたのか、ということの一端がうかがえる出来事だったのではないでしょうか。

アルバム『C’mon』の完成

2011年7月27日、東日本大震災発生後に震災の影響を受けて制作された楽曲「C’mon」と「ボス」が加えられ、アルバム『C’mon』がリリースされました。

B'z / C'mon

もう一度笑いあおう 愛しい人よ
掠れそうな声でいい 聞かせて
止まらない それだけで生まれるチャンス
口笛でも吹きながら
ゆっくりでいい さぁいきましょう C’mon

B’z『C’mon』

「ゆっくりでいい さぁいきましょう C’mon」

このフレーズにどれほど多くの方々が励まされたことでしょうか。
「C’mon」という楽曲を聴いた被災者の皆様の心情や、またこの歌詞を書き上げた稲葉さんのお気持ちに思いを馳せると、様々な感情が沸き起こってやみません。
今後も「C’mon」は、B’zとファンの間で愛され、力強く歌われ続けることでしょう。

LINKIN PARKとB’z、ロサンゼルスで震災支援ライブ

2011年8月31日、米・ロサンゼルスでLINKIN PARK主催のライブにB’zがスペシャルゲストとして出演しました。

このライブは、LINKIN PARKが設立したチャリティ団体「Music For Relief」の特設サイトにて自分の個人のページを設定し、募金活動を行って8月24日までに目標金額500ドルを集めた最初の500人が、プラス1名とともにライブに招待されるというもの。最終的には35万ドル(当時約2700万円)もの寄付金が集まったということです。
(また2011年3月には同団体がリリースした配信アルバム『Download To Donate For Japan』にB’zは『Home』を提供

▼当時の記者会見の様子

B'zがLAで震災復興支援のライブに特別出演!(08/31/2011)

2009年の「SUMMER SONIC 09」で共演して以来交友関係があったというLINKIN PARKとB’z。
海外で音楽活動ができるアーティストは、日本では限られているのもまた事実です。
世界を代表するアーティスト・LINKIN PARKとのコラボで世界規模の募金活動に参加するということは、B’zだからこそできたことなのかもしれません。

2011年アルバムツアーは「宮城公演」からスタート

2011年9月17日から12月25日まで開催され約52万人を動員したアルバムツアー「B’z LIVE-GYM 2011 -C’mon-」は、宮城県にある「セキスイハイムスーパーアリーナ」での公演からスタートしました。

同年6月まで、セキスイハイムスーパーアリーナは震災で亡くなられた方々の遺体安置所として使われていました。そんな中、同会場でライブが行われたということがどんなことだったのか、筆舌に尽くしがたいものがあると思います。

また、9月17日・初日の公演での稲葉さんのMCは、ファンの方々の間で非常に話題となりました。

大変だったなぁ…大丈夫…B’zが来たから。

稲葉さんMC 宮城公演(C’monツアー初日)

※映像作品のエンディングにもMCが収録されています

ライブに参加されて、このMCを聞いて感動して涙が止まらなくなったという被災者の方々の声を、私はインターネット上で何度も拝見したことがあります。

また稲葉さんは、この宮城公演に際し、励ますつもりで行ったにも関わらず、逆に勇気付けられたという旨を、後のインタビューで何度か語られています。”公演が始まった瞬間は忘れられない”ともまた仰せでした。

B’zと宮城のファンの方々の間には、想像できないほどの大きな気持ちやエネルギーの交換が行われていたのではないでしょうか

寄付金活動を継続的に実施

B’zは2011年以降現在まで、継続して寄付金を募る活動を実施されています。

具体的には、2011年宮城公演の収益金全額、C’monツアー全公演の収益金の一部、
以後ツアー毎に制作されているチャリティグッズの収益額すべて
などが、寄付金となっています。

▼2018年に行われた”HINOTORI”ツアーでのチャリティーピンバッジ

今までの寄付金合計金額は、¥137,355,000(2018年10月19日現在)となっており、
2016年からは同年4月に発生した熊本地震に対しても、そして2018年からは同年7月に発生した西日本豪雨に対しても、寄付が行われることになりました。

(B’zオフィシャルサイトでの寄付金活動報告ページはこちら

B’zが継続して、意欲的に寄付金活動を行われていることが窺えるかと思います。

「B’zと東日本大震災」まとめ

ここまでご覧いただき誠にありがとうございました。

2011年に起こった日本の歴史的大災害「東日本大震災」を受けて、日本を代表するアーティスト「B’z」がどのように考え、またどのように行動したか、という視点で今回の記事をまとめさせていただきました。

震災発生当時、被災された方々の中には様々な境遇の方がいらっしゃり、また、生きることすらままならない状況に直面している方々が大勢いらっしゃいました。

そのため、各企業、著名人の方々、そして日本国民の一人ひとりがどのように行動すべきかという議論が様々な場面で沸き起こり、国全体が混迷を極めていた時期だったと言えるのだと思います。

そしてそれはもれなくB’zの場合にも当てはまっていました。
様々なインタビューや記事を拝見する限り、B’z自身も、東日本大震災が起こってから多くの議論を重ね、自分たちが正しいと思う行動をまっすぐに続けてきたように思われます。

そして私は、B’zは音楽を届けることが何よりも得意であるため、音楽で被災者に貢献しようと考えられたのだと思います。

もちろん災害発生時においては、被災された方々の生活状況や境遇によって、ある程度のTPOを前提とした支援が求められる場面があるとは思いますが、何より尊いのは、困っている人々を何とか助けたいという想いと、自分ができることを見つけ出して実行する行動ではないでしょうか。

またそれは、私たちの見習うべき姿勢であると、同時に私は思うのです。

”寄付の文化が根付かない”と言われることが多かったり、著名人の募金に対して否定的な意見さえ飛び出すことがあったりする日本ですが、金銭的な面であっても、それ以外でも、私たちは、私たちがそれぞれできる、正しいと思う行動で、困っている人々を救うことができるはずです。

B’zは寡言で多くを語りませんが、私は、B’zの日頃の行動は、お手本とすべきものであると思う時が度々あります。今回のB’zの東日本大震災に関する行動で、私自身も多くのことを学ばせていただきました。災害の多かった平成の時代は間もなく終わりを迎えようとしていますが、私たちには今なおできることがたくさんあるのだと、震災とB’zを振り返った今実感することができました。

2019年3月11日で震災から丸8年。
震災で亡くなられた方々に心から哀悼の意を表し、また未だ震災によって苦しい思いをされている皆様に心からお見舞いを申し上げます。

コメント

  1. kwki より:

    C’monツアー自体は元々は宮城からスタートする予定だったけど、震災の影響で会場が遺体安置所となり、再開出来るかどうか分からなかったからので宮城公演を見合わせていたと。
    ギリギリで施設の安全確認が取れたので急遽宮城公演を追加発表した…と話を聞いた事があります。

タイトルとURLをコピーしました